なつかしい昭和の古写真 おもに仙台、青森の戦前・戦後に撮影された古い写真を掲載しています

FrontPage


懐かしい昭和「仙台古写真館」へようこそ

ようこそ「仙台古写真館」へ

ZEISS IKON

 
 このホームページでは、私小四郎の祖父(明治38年生)や、父(昭和7年生)が撮りためた戦前戦後の写真を公開しています。

 左のカメラは、祖父が最後に使用していたカールツァイス財団傘下のカメラメーカーZEISS IKON社製のスプリングカメラ(蛇腹カメラ)Super ikonta 530/2です。(1934年発売)


zenobiaflex

 右のカメラは、父が若い頃に使用していた第一光学社製の二眼レフカメラZenobiafleXです。(1953年発売)

 ともに、いまでこそクラシックカメラとなってしまいましたが、その当時は最先端をいくカメラだったのでしょうね。当時の物は作りもしっかりとしていますし。

 父は、いまでも俳句の題材を探しにキャノンのIXYデジタルを連れてでかけております。



 では、左サイドのメニューからみて見たい題材をクリックしてくださいね。

おじいさんはどんな人?


立町尋常小学校

 私の父は転勤族だったので、小さい頃夏休みや正月には仙台の祖父母の家に遊びに行ってました。 

 当時2階建ての家の階段の下に真っ暗な小部屋があり、よくそこに隠れるなどかくれんぼをして遊んだものです。

 あとで、そこが写真の現像に使っていた部屋だったとわかったのはかなり大きくなってからでした。

貸自動車

 上の写真は、大正8年立町尋常小学校を卒業したときの写真です。

 宮城県立工業学校(現宮工、県工)を卒業後、愛知県の自動車関連会社に勤めるも(左の写真)健康を害し1年で帰仙、日本電信電話公社(現NTT)に勤めました。

仕事中

 昭和30年代初頭に2年間ほど青森に転勤になった以外は、主に仙台周辺の電話局にて勤務していました。

仙台写真研究会

 アマチュア写真家としては、仙台写真研究会というサークルに所属していて、いろいろな撮影旅行やモデル撮影会などに出かけては写真の腕を磨いていたようです。

 祖父は私と違い几帳面な性格で、写真やネガはきちんと整理してあったのですが、撮影場所や撮影日時がはっきりしないものが多いので、もし、このHPを見た方で「この場所はあそこじゃないの?」という方は、ぜひinfo*koshasin.net (*は@に直して下さい)までご連絡ください。 よろしくお願いいたします。


スポンサードリンク

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional